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令和8年8月千葉豪雨:何が起き、何が予測でき、何ができなかったか

2026年8月20日時点の初期解析


本解析の要点をまとめたプレスリリースはこちら

https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000008.000180454.html (日本語のみ)

被害状況サマリ(GIS形式):

https://summaries.aqunia-floods.aqunia.com/summaries/1/ja//

この記事について

2026年8月13日から14日にかけて千葉県で発生した豪雨について、公表資料と、私たちが独自に行った数値解析の結果をまとめる。

死者13名・行方不明1名を出した災害であり、原因究明は本来もっと時間をかけて行われるべきものであるが、今後様々な議論を進めるうえで初期的な理解を得るうえで一定の意義があると考え公開するものである。本記事は初期的な解析結果であり、今後の精査で変わりうるものと考えるが、誤りがあればご指摘いただきたい。

なお本解析は、弊社(Aqunia)が進めている気象・水文モデル開発の一環として実施したものである。まずは主に気象庁MSM-GPV、全国合成レーダーGPV、気象庁アメダス、および専門天気図を活用した解析結果を示す。

想定読者: 報道関係者、政府・自治体の防災担当者、建設コンサルタント・保険・インフラ・製造業等の防災領域に関わる民間事業者


第1部 ー 何が起きたか

1-1. 被害の全体像

令和8年8月13日から14日にかけての豪雨は、千葉県内で死者13名・行方不明1名(令和8年8月19日16時発表、県公式集計第14報)という、近年の水害としては極めて深刻な人的被害をもたらした。死因は道路冠水時の車内・路上での発見が大半を占める。建物被害も甚大で、床上浸水1,206棟・床下浸水1,489棟にのぼった。さらに、被害の55.7%はハザードマップの浸水想定区域外・低位地帯外で発生しており(ウェザーニューズ、浸水状況アンケート10,009件のマッピング)、想定区域の外側でも大きな被害が生じたことが今回の特徴のひとつである。

被害状況は、以下のリンクから地図上でひと目でご確認いただける。

▶ 被害状況サマリ(GIS形式): https://summaries.aqunia-floods.aqunia.com/summaries/1/ja//

このサマリは、Aqunia Floodの管理者向け「被害まとめ」機能(各種レポート・データを生成AIとGISに連携させ、被害状況レポートを自動生成する機能)を用いて作成したものである。

数字の扱いについての注記
死者数は当初(8/17時点)県公式で10名とされ、一部報道の13名という数字と食い違っていたが、8/19発表の第14報で県公式も13名に修正された。行方不明は2名から1名へ。一酸化炭素中毒(発電機使用)や災害起因性を精査中の事例も含まれる。また災害直後の報道にあった「床上45棟・床下39棟」は初期集計であり、最終的に20倍以上に増えている。被害規模を語る際は最新の県公式値を用いるべきである。

インフラ被害も広範に及んだ。停電は最大約25,900軒(うち蘇我変電所の浸水由来が約15,890軒)、道路は路面冠水・法面崩落・放置車両により 25路線で全面通行止 、下水道処理施設3か所が浸水で機能停止した。マンホールの溢水が8か所、隆起・蓋破損が6か所。放置車両は最終的に少なくとも2,800台。避難所には最大4,126人が身を寄せ(第14報別紙4、避難世帯を除く人数ベース)、帰宅困難者は蘇我駅周辺約4,000人、成田空港約6,600人、千葉県庁約1,600人にのぼった。

この被害分布そのものが、後半で論じる内水氾濫の話につながる。 床上浸水の最多は八千代市327棟、2位が大網白里市200棟、3位が千葉市179棟。床下浸水の最多は松戸市315棟、2位が鎌ケ谷市213棟。 これらの自治体は、レベル4氾濫危険情報が発表された8河川のいずれにも該当しない。 詳しくは第4部で扱う。


1-2. 時系列:降雨と警報

降雨の記録

気象庁は8月14日、この豪雨を「令和8年8月千葉豪雨」と命名した。気象庁が気象現象を命名するのは令和2年7月豪雨以来6年ぶり、地域名を併せて命名するのは平成29年7月九州北部豪雨以来9年ぶりである。

観測史上1位を更新した記録(銚子地方気象台「千葉県気象速報 第2報」より、時刻付き)。

1時間降水量

地点更新値到達時刻旧1位統計開始
千葉 (中央区)115.0 mm8/13 18:4871.0 mm(1975/10/5)1966
佐倉97.0 mm8/13 19:3168.5 mm(2015/6/23)1976
館山94.5 mm8/13 21:5374.5 mm(1972/9/15)1968
船橋62.0 mm8/13 18:4358.5 mm(2013/10/16)1999
我孫子61.0 mm8/13 14:3053.5 mm(2016/7/20)2010

継続時間別(千葉)

継続時間更新値到達時刻旧1位
3 時間188.5 mm8/13 19:30137.5 mm
6 時間293.0 mm8/13 23:20211.0 mm
12 時間348.0 mm8/14 01:40267.5 mm
24 時間367.0 mm8/14 10:00309.0 mm

3時間雨量は佐倉が189.5 mm(19:50)で県内最大。千葉市・佐倉市とも、 8月1か月の平年降水量(それぞれ115.7 mm、109.1 mm)の約3倍が2日間で降った。.

警報と線状降水帯情報のシーケンス
時刻出来事
8/12 16:00防災メール(前日から注意喚起開始)
8/13 05:05大雨注意報 (レベル2、2市)
8/13 13:52大雨警報 (レベル3)
8/13 14:30我孫子で1時間61.0 mm(観測史上1位)
8/13 17:05大雨危険警報 (レベル4)
8/13 17:12千葉県気象解説情報 第10号
8/13 17:28記録的短時間大雨情報 第1号 (柏市約110 mm、我孫子市約100 mm)
8/13 ~17:30最初の人的被害 (柏市、冠水車内)
8/13 17:35首長ホットライン開始(柏市)
8/13 17:58線状降水帯 発生 第1号
8/13 18:48千葉で1時間115.0 mm(観測史上1位)
8/13 18:58線状降水帯 直前予測 第1号
8/13 19:28線状降水帯 直前予測 第2号
8/13 19:30大雨特別警報 (レベル5、11市)
8/13 19:50〜8/14 00:40特別警報を段階的に拡大 → 最終19市3町
8/13 20:30国交省・気象庁 合同記者会見
8/13 20:38線状降水帯 直前予測 第3号
8/13 20:58線状降水帯 発生 第2号
8/13 21:00気象台による特別警報説明会
8/13 21:55土砂災害特別警報(千葉市・市原市)→ 最終6市
8/13 22:00JETT(気象庁防災対応支援チーム)を県庁へ派遣
8/13 22:48線状降水帯 直前予測 第4号
8/13 ~23:40村田川(大道橋)で越水開始
8/14 00:18首長ホットライン終了(計23市町、延べ36回)
8/14 02:08線状降水帯 発生 第3号
8/14 02:36 / 03:33竜巻注意情報 第1号 / 第2号
8/14 05:15特別警報をレベル4へ切替

記録的短時間大雨情報は 計25回.

この時系列から読めること

段階は踏まれていた。 注意報(05:05)→警報(13:52)→危険警報(17:05)→特別警報(19:30)と、14時間25分かけて段階的にエスカレートしている。首長ホットラインは23市町・延べ36回。行政への情報伝達は密であった。

それでも被害には先行できなかった。 最初の人的被害は柏市で17:30ごろ。記録的短時間大雨情報の第1号が17:28(柏市付近で1時間約110 mm)。 両者はほぼ同時刻である。 危険警報(17:05)から特別警報(19:30)までの2時間25分の間に、すでに人が亡くなっていた。

線状降水帯情報の実効リードタイムは、発生ごとに大きく異なった。

発生情報対象区域先行した直前予測
第1号 17:58北西部、南部なし (最初の直前予測は18:58=発生の60分後)
第2号 20:58北西部、北東部、南部18:58 / 19:28 / 20:38(区域ごと。20分〜2時間)
第3号 8/14 02:08北西部、北東部22:48(ただし有効時間3時間を20分超過)

第1号には、直前予測は間に合わなかった。 ただし線状降水帯の情報系列に限った話であり、大雨危険警報(17:05)や記録的短時間大雨情報第1号(17:28)は先行して発表されている。

第2号には、20分前に直前予測が出ている。 短いとはいえ、制度としては機能した。

第3号については、先行する直前予測はあったものの、間隔が3時間20分である。 直前予測の有効時間は3時間とされているため、この間隔は制度の想定を超えている。22:48の予測が02:08の発生を捉えたと見るより、別の事象、あるいは継続中の現象に対する再発表として扱うほうが適切かもしれない。

なお、線状降水帯直前予測の運用開始は2026年5月28日であり、本事例はその2か月半後にあたる。的中率は約50%程度が想定されているが、これは従来の半日前予測などと比べればかなり向上してきている数字だという印象である。運用開始から間もない情報であることを踏まえると、1事例だけでその実効性を評価するのは早計であり、今回はむしろ 新制度にとって最初の本格的な試練として捉えるのが妥当だろう。一定の有用性と、今後詰めるべき課題の両方が見えた事例だったと考える。

特別警報の位置づけについては、評価されるべきものと考える。 19:30の発表時点で、千葉はすでに3時間188.5 mmを記録していた(19:30到達)ため、特別警報は「これから起きること」ではなく「すでに起きていること」に対して出された側面もあるものの、その後、2本目(20:58)と3本目(02:08)の線状降水帯が来ている。 2本目・3本目に備える位置づけとしては、迅速かつ有効に機能した と評価できる。2026年5月の防災気象情報運用見直し以降、レベル5大雨特別警報の発表はこれが初めてであった。個人的には、今回の見直しでこのレベル5設計のわかりやすさが生まれたものと考える。


1-3. リスクの分解

災害リスクは一般的に

リスク = ハザード × 脆弱性 × 曝露(Exposure)

と分解される。ハザードは、自然現象としての災害規模の大きさ(例 大雨洪水、強風等)を示す。一方で、激甚な自然災害があったとしても強靭なインフラがあれば被害をうまないかもしれない一方、インフラ整備が不十分な途上国ではより一層被害に繋がりうる。この観点を示しているのが「脆弱性」だ。

またそもそも、いくらインフラが脆弱で、激甚な自然災害が発生したとしても、その場所にひとが住んでいなかったり、資産がなければそれは基本的に人類にとってのリスクではない。こうした住民や資産の所在度合いを表すのが「暴露」だ。

今回の事例に当てはめると、今回の被害をもたらした3つの大きな要因がフレーミングできる。

  • ハザード:観測史上1位を大幅に更新する雨(千葉の1時間雨量は旧記録の1.6倍)
  • 脆弱性:警報が被害に先行できなかったこと、および都市の排水能力が1時間115 mmを想定していないこと
  • 曝露:被害の55.7%がハザードマップの浸水想定区域外・低位地帯外で発生(ウェザーニューズ、浸水状況アンケート10,009件のマッピング)

本記事は主にハザード(第2部・第3部)と、脆弱性のうち予測に関わる部分(第3部・第4部)を扱う。曝露の問題は第4部で触れる。


第2部 メカニズム:なぜこの雨になったのか

2-0. 一言では片付かない

報道では「モンスーンジャイア」「バックアンドサイド型の線状降水帯」といったキーワードが飛び交った。個々の指摘はそれぞれ根拠のあるものだが、 キーワードの列挙だけでは説明できない。

雨というのは、突き詰めれば次の手順で降る。

  1. 水蒸気があり (供給)
  2. それが持ち上げられ (不安定性が持ち上がりやすさを決め、強制力が引き金を引く)
  3. 雲になり雨になる
  4. それが同じ場所で続くと、被害をもたらす豪雨になる(停滞性)

この4階層に分けて見れば、今回の事象は定性的にはほぼ説明がつく。以下、それぞれをデータで確認していく。

なお、気象庁(銚子地方気象台)の公式記述は次のとおりである。

関東甲信地方では、13日から14日にかけて、この時期としては強い寒気が上空に流れ込んだことに加え、千島の東に位置する高気圧の縁を回る暖かく湿った空気が流入したため、大気の状態が非常に不安定となった。千葉県では、13日昼過ぎ以降、北西部や南部及び北東部で積乱雲が組織化し線状降水帯が発生(中略)各地で記録的な大雨となった。

公式が挙げているのは「上空寒気」と「高気圧の縁を回る暖湿流」の2要素である。 冷気外出流や収束帯には文書では言及がない (8/13 20:30の会見では細見予報課長が「北からの風とぶつかって雨雲が停滞した」と口頭で述べている)。以下で述べる冷気プールと押し合いの議論は、公式説明を否定するものではなく、その上乗せ要素として当方の仮説を論ずるものである。

また「モンスーンジャイア」という語は気象庁の公式資料には登場せず、定義の揺らぎもあるようなので、ここでは断定を避けたい。


2-1. 水蒸気供給:「台風15号が残した湿気」も間違いではないかもしれないが、正確ではない

台風15号は8月11日夜に関東へ上陸し、12日に熱帯低気圧化した。「その台風が残した暖湿気が豪雨をもたらした」という説明は直感的にわかりやすいが、 データを見ると少し注意が必要に思う。

千葉直上の850 hPa相当温位(θe。空気の暖かさと湿り気を合わせた指標)と可降水量(大気の柱に含まれる水蒸気の総量)の時系列を追うと、次のようになっている。

時刻850 hPa θe可降水量
8/11 12 UTC(台風通過時)339.9 K61.0 mm
8/12 12 UTC327.6 K40.8 mm
8/13 06 UTC348.4 K60.0 mm
8/13 12 UTC(豪雨時)347.6 K60.0 mm

いったん、大きく乾いている。 可降水量は61 mmから41 mmまで、θeは340 Kから328 Kまで落ちた。13日朝から 改めて流入し直し、豪雨時には348 K / 60 mm に戻っている。豪雨の目安とされる850 hPa θe = 345 K を超えたのは、13日に入り直した空気である。

つまり因果はこうなる。

台風15号が湿気を置いていったのではない。台風15号を異例の西進コースに乗せたのと同じ高気圧配置が、台風が去ったあとも東寄りの風を送り続け、13日に改めて水蒸気を運び込んだ。

東京新聞が「台風15号に異例の西進コースを取らせたのも千島付近の高気圧の影響とみられ、その影響が長引いた」と書いているのは、この構図と整合する。 台風の動きと関連はするが、直接的に台風が水蒸気を残置したわけではない。

この区別は細かく見えるが、実務上は重要である。「台風が去ったから安全」という判断は、この事例では成り立たなかった。むしろ台風が去って一度乾いた後に、条件が整い直している。


2-2. 不安定性:切離した寒冷渦という立体構造

上空5,000 m で何が起きていたか

500 hPa(上空約5,700 m)の低圧部の中心は、次のように移動した。

時刻低圧部中心千葉直上の500 hPa気温
8/12 00 UTC34.0°N / 138.1°E−5.9 ℃
8/12 12 UTC34.0°N / 136.3°E−8.2 ℃
8/13 00 UTC37.0°N / 132.0°E−7.2 ℃
8/13 12 UTC(豪雨時)43.0°N / 128.0°E−5.7 ℃

低圧部は日本海から大陸方向へ抜けていき、 関東はその南東側=トラフ前面に位置し続けた。千葉直上の500 hPa気温は −6 ℃前後で推移し、下層が暖湿・上層が寒冷という不安定な成層が保たれた。

なお、専門天気図(AUPQ35解析)の読図値でも「−6 ℃線が関東付近」であり、MSM解析値 −5.7 ℃ とよく一致する。

立体構造:(今回の現象を理解するうえでのポイント) 

気象予報士の学習や天気図の読み方でよく言われるのが、「地上天気図だけを見ていても仕方がない、上層の複数のレイヤーと紐づけて立体的に構造を把握せよ」というものである。

その典型例が 気圧の谷の西傾である。発達期の傾圧波では、谷の軸が高度とともに西へ傾く。寒気が谷の後面(西側)にあり、そこからエネルギーを得て発達している状態を表す。成熟すると軸は鉛直に立ってくる(等価順圧化)。

※典型的な発達する低気圧のイメージ(出所: 発達する低気圧を読む)

今回はこのパターンではなかった。

FIG C は、緯度34.5〜38.5°N で平均した東西断面である。各高度でトラフの軸がどの経度にあるかを追うと、

気圧面トラフ軸の経度
1000 hPa131.1°E
950 hPa130.8°E
850 hPa130.6°E
700 hPa130.0°E
500 hPa131.8°E
400 hPa136.3°E
300 hPa136.5°E

1000 hPa から 500 hPa まで、軸は 130〜132°E にほぼ真っ直ぐ立っている。 東へ傾き始めるのは 500 hPa より上だけである。西傾ではない。これは切離した寒冷渦に典型的な、鉛直にそろった構造である。

である。そして FIG C(b)(気温偏差の断面)を見ると、トラフ軸の東側 132〜140°E の中〜上層に寒気が広がっている。 軸そのものは遠いが、寒気の舌は千葉の上空まで届いていた。 下層が暖湿・上層が寒冷という配置が、これで完成する。

不安定と湿りは、順番に効いた

FIG D は千葉直上(35.60°N, 140.11°E)の鉛直構造の時間変化である。ここに、この事例の内部順序がはっきり出ている。

  • 対流不安定 Δθe (1000 hPa と θe最小層の差)は 18〜21 K(「顕著」の目安 15 K を超過)に、13日12〜15時JST、 豪雨ピークより前に 達した。豪雨のピークは13日19時JST。ピーク以降は 12〜14 K へ下がる(対流が不安定を消費した)。
  • 入れ替わるように、中層(500〜700 hPa)の湿数が 5 ℃から 1 ℃以下まで下がった。最終的に湿数は 1000〜300 hPa の全層で 0.9〜3.0 ℃。対流圏まるごとがほぼ飽和した状態になった。

つまり、

不安定が引き金を引き、そのあとは大量の水蒸気が降り続けさせた。

不安定性と水蒸気は、同時に効いたのではなく順番に効いた。これは第3部で扱う予測可能性の話にも効いてくる。


2-3. 強制上昇:冷気プールと東風の押し合い

千葉のアメダスデータに顕著に兆候が現れている

大雨を観測した千葉のアメダスを見るのが、いちばんわかりやすい。

時刻 8月13日 18:10 JST、次のことが同時に起きた。

  • 風向が 北北東 → 北西
  • 風速が 7.9 m/s
  • 気温が −1.6 ℃
  • 気圧が +0.4 hPa
  • 10分雨量が急増

風・気温・気圧・雨が、すべて同じ瞬間に折れ曲がる。 これは収束線(ガストフロント)の通過そのものであると考えられる。(FIG E下段)

冷気プールの実体

FIG E の上段は、地上温位の偏差 Δθ(15時JSTを基準とした差)を1時間ごとにマッピングしたものである。

温位というのは「その空気を1000 hPaまで持ってきたら何℃になるか」を表した温度で、標高の違いを取り除いて地点間を公平に比べられるようにした量である。その 偏差 を見るので、「豪雨が始まる前と比べてどれだけ冷えたか」がそのまま出る。青が負=冷えた領域である。

千葉県の西〜北西側に、きれいに青が広がっていく。内陸(埼玉〜群馬南部)で13日昼過ぎから降り始めた雨が、蒸発によって地上付近の空気を冷やし、重くなって溜まった。これが 冷気プールである。冷気プール内の平均温位偏差は、18時JSTで −2.6 K、21時JSTで −3.3 K まで下がった。

この冷気は重力流として東へ張り出す。その先端が、18:10に千葉に到達した。

なぜ、そこで停滞したのか

ここが今回のメカニズムの核心である。ガストフロントは本来じっとしていられない。密度差がある限り、必ず外へ広がろうとする。 動かなかったのなら、同じ大きさの力が逆向きに押し返していたはずである。

FIG 5c は、この仮説を3つの独立な数字で検証したものである。

Value性質
冷気外出流の理論速度 C_gust(東向き)37 km/h理論値(密度流の式)
950 hPa 東風の押し返し(西向き)28 km/hMSM
アメダス95地点の等時線から求めた前縁の東進5.1 km/h実測 (r=0.79、15地点)
MSM 収束帯重心の正味移動(14時間)1.6 km/hMSM

37 と 28 が同オーダーで拮抗し、結果として境界は 5 km/h でしか動かなかった。 綱引きで両側が全力を出しているのにロープの中心が動かない、という状態である。

あくまでこの数字は一定の仮定をもって計算されたもので、蓋然性に限界がある。 C_gust は密度流の理論式 C = √(g·Δθ/θ₀·h) から求めたもので、冷気プールの深さ h = 1000 m を仮定している。h は実測されていない。√h で効くので、h を 500 m とすれば 26 km/h、1500 m なら 45 km/h になる。 「37」という数字には ±40% 程度の幅がある。 また押し返し側の 28 km/h は MSM の値であり、実測ではない。したがって主張として安全なのは「 同オーダーで拮抗していた」までである。「37 対 28」という精度で読めるものではない。

それでも、この整理には意味がある。報道で「シアーラインが停滞した」といった記載は見かけたが、ここでは なぜ停滞したのかを力の釣り合いという物理で、かつ桁の合う数字で仮説を説明させて頂いた。「たまたま止まった」ではなく「止まる条件が揃っていた」と言えると考える。

ただし、モデルは収束線の位置を南東にずらしていた

FIG F は、MSMの地上風から収束の強さを計算し、収束線を抽出したものである(約15 km平滑した発散が −1×10⁻⁴/s 以下の輪郭、+がその重心)。

時刻収束帯の重心
8/13 16:00 JST35.32°N / 140.46°E
18:00 JST35.41°N / 140.59°E
20:00 JST35.62°N / 140.56°E
22:00 JST35.19°N / 140.56°E
8/14 00:00 JST34.94°N / 140.70°E
02:00 JST35.02°N / 140.64°E

東西位置は幅22 km(標準偏差7 km)に収まっている。 収束線が東西方向にほとんど動いていないことを、MSM自身が示している。

しかし同時に、 重心は千葉市より30〜60 km 南東寄りである。真上ではない。さらに、MSMで最も強い地上収束は探索範囲の外、房総半島の南東沖にあった。

この位置ずれが、後述する予測雨量の過小評価の一因と考える。 700 hPa天気図でも、強い上昇流の極大は千葉のすぐ東の海上に置かれていた。予測雨量の分布も同様に東へずれていた。

換言すれば、 現象の構造そのものはモデルが再現していた. 。収束線があること、それが東西に動かないこと、その両方をMSMは表現していた。外したのは位置(30〜60 km南東)と量であると考える。 これは今後予測精度向上を考えるうえで重要な留意点であると考える。


2-4. 停滞性:「動かなかった」の中身を分解する

参照図:FIG 6b(FIG6b_escalator.png)、FIG 7(FIG7_centroid.png / FIG7_axis_profile.png / FIG7_hovmoller.png)

雲は動いていた。「雲が生まれる場所」が動かなかった。

1 kmレーダーGPV(5分値)を使い、8/13 06〜20 UTC(15 JST〜翌05 JST)の14時間について、個々の雨雲の動きと、降水域全体の動きを別々に測った。

Value
個々の雨雲(エコー)の移流速度22〜24 km/h (北北西へ)
14時間で雨雲が流れた距離の合計358 km
雨の帯そのものが動いた距離(正味)25 km = 1.8 km/h

雨雲は14時間で358 km流れた。それでも帯は25 kmしか動いていない。 抜けていった分を、後方で新しく生まれた雨雲が埋め続けていた。

比喩で言えば、 エスカレーターの踏み板は動いているが、エスカレーター自体はその場にある、という構造である。「線状降水帯が停滞した」という言い方は、雲が止まっていたかのように聞こえるが、実際には雲は流れ続けていた。止まっていたのは 雲が生まれる場所.

である。Hovmöller図(FIG 7)でも同じことが見える。個々の雨雲は斜めの筋として現れる(斜めの角度がそのまま移流速度22 km/h)が、帯の中心を示す線はほぼ水平である。

空間構造が、独立にそれを裏づける

もし降水系が移動していれば、通り過ぎた場所すべてに雨を置いていく。積算雨量は移動方向に引き伸ばされ、細長さは失われる。 移動は積算場を等方に近づける向きにしか働かない。

積算雨量の空間勾配を、降水軸に対して2方向で測った。

方向区間距離レーダーアメダス
軸に直交佐倉 → 成田16.1 km18.1 mm/km14.9 mm/km
軸に沿う千葉 → 館山71.7 km2.9 mm/km2.3 mm/km
異方性6.3倍6.5倍

軸を横切ると1 km進むごとに18 mm減るのに、軸に沿って進んでも3 mmしか減らない。 佐倉と成田はわずか16 km しか離れていないのに、総雨量が 309 mm と 68 mm に分かれた。

そして、この6倍という数字を、 測器の系統がまったく異なるレーダーとアメダスが独立に出している (6.3 と 6.5)。レーダーは上空のマイクロ波反射からの推定、アメダスは地上の転倒ます雨量計による直接計測である。しかも比を取ることでレーダーの校正係数は分子分母で相殺される。 この6倍は、レーダーの絶対値に不確実性があっても揺るがない数字

帯の幅は、想定よりさらに細かった

さらに幅を分解すると、次のようになる。

  • 瞬間(5分値)の帯幅:FWHM 16.5 km (四分位 13〜20 km、n = 169時刻)
  • 積算(48時間)の足あとの幅:FWHM 40 km

つまり正確な描像は、「幅20〜30 kmの帯が動かなかった」ではなく、

幅16 kmの帯が、幅40 kmの回廊内をさまよいながら、8時間降り続けた

ハザードマップは河川流域スケールで描かれるが、 降水そのものが流域より細かい構造を持っていた。

「動かなかった」のに南へ広がったように見えるのは、動いた向きが違うから

被害の広がり方を見ると、雨は明らかに移動しているように見える。1時間雨量のピーク時刻を並べると、

我孫子 14:30 → 船橋 18:43 → 千葉 18:48 → 佐倉 19:31 → 館山 21:53

我孫子から館山までおよそ100kmを7時間半、平均すると13 km/h程度になる。これは前段の「1.8 km/h」と矛盾するように見えるが、矛盾はしていない。 動いた向きが違うだけである。

降水帯は南北にほぼまっすぐ伸びた帯だった。この帯を横切る方向(東西)にはほとんど動かず、帯に沿う方向(南北)には半日かけてゆっくり南へ下っていった。たとえるなら、南北に張った一本の紐が、横にはほとんどずれずに、紐自身の向きに沿ってゆっくり南へスライドしていった、というイメージである。

横に動かなかったからこそ、同じ場所が数時間降られ続け、わずか16kmしか離れていない佐倉と成田で雨量が3倍以上違うという現象が起きた。もし東西に13 km/hで動いていたら、7時間で90 km幅にまで雨がならされ、そのような差は生まれない。

組織化の型について

帯の走向とエコーの移流方向の関係から、組織化の型を判定した。

Value
帯の走向(積算場の主軸)168°(≒南北)
エコーの移流(相互相関、サブピクセル精度)24.4 km/h・方位 316°(北西)
角度差31° (168+180=348, 348-316=32, 端数ズレあり。帯の走向の真反対側に向かうベクトルに対して、エコーの移流方向の差分を取った)
新規セルが既存セルの後方に出た割合8/9 (89%)
側方に出た割合4/9 (44%)
セルの寿命 中央値60分

fig6 tracks

角度差は判定境界(30°)をわずかに上回っており、 バックアンドサイド型 (30〜60°)の定義に合致する。新規セルの発生位置も後方が優勢(89%)だが側方も一定程度多く(44%)、「後方+側方」という型の記述と整合する。

積算する時間窓を3通り変えて確認したが(豪雨期間全体、最盛期のみ、後半のみ)、いずれも同じ判定になった。

なお報道(ウェザーニュース社)の「バックアンドサイド型」と一致する。

https://weathernews.jp/news/202608/140101

地形について

「線状降水帯」という言葉は世に浸透して久しいが、一般的なイメージとしては 地形性のものが強いように思う。すなわち、ある山に暖かく湿った空気が流れ続け、そこでできる雨雲は移動するけれども、同じ場所で次々にできるから、全体で見ると線状に固定されて見える、というものである。

今回も地形の影響を指摘する声はあり、それはそれであるのかもしれない。しかし本解析の範囲では、 地形よりも、冷気プールの張り出しと東寄りの暖湿流の押し合いによる収束帯として捉えるほうが、データとの対応がよい。房総半島の地形は、この規模の収束を単独で説明できるほど急峻ではない。

なお、地形寄与の有無を判定するには、同種の総観場が現れた過去事例で同じ軸に雨が集中する再現性があるかを調べる必要がある。これは今後の課題である。


2-5. メカニズムのまとめ

4階層に整理し直すと、次のようになる。

階層要素確認した図・データ
1. 水蒸気供給千島の東の高気圧の縁を回る東〜南東風。台風15号の湿りは一度抜け、13日に入り直した(θe 328 → 348 K、可降水量 41 → 60 mm)FIG A
2. 不安定性切離した寒冷渦。トラフ軸は1000〜500 hPaで直立(130〜132°E)、千葉はその約750 km東。500 hPa −5.7 ℃。Δθe が豪雨前に18〜21 KFIG B / FIG C / FIG D
3. 強制上昇内陸の冷気プール(Δθ −3.3 K)が東へ張り出し、東風と拮抗(37 vs 28 km/h、同オーダー)。前縁の東進は実測5.1 km/h。 ただしモデルは収束線を30〜60 km南東に置いたFIG E / FIG 5c / FIG F
4. 停滞性雲は22〜24 km/hで流れ続けたが(14時間で358 km)、帯は正味25 km(1.8 km/h)。積算の異方性6.3倍(アメダス6.5倍)。帯幅は瞬間16 km / 積算40 kmFIG 6b / FIG 7

そして重要なのは、定量的な観点である。 仮に上記と同じ構造の現象が発生したとしても、今回のような大雨になるとは限らない。水蒸気の量、西側中層の冷え方、風の強さ(西からのガストフロント、東からの高気圧の縁の風)。これらの によって、結果は桁で変わる。第3部で見るように、モデルが外したのは主にこのうちの風、すなわち収束の強さと位置であったように思われる。


第3部 予測可能性:モデルは何を捉え、何を捉えられなかったか

3-0. この部で扱うこと

第2部で見たメカニズムを踏まえて、「では数値予報モデルはこれをどこまで捉えていたのか」「捉えられなかったとすれば、それはどの要素だったのか」を見ていく。

先に断っておくべきことが2つある。

第一に、ここで見ているのは 気象庁MSM(メソモデル、地上5 kmメッシュ)である。より細かい局地モデル(LFM)については本稿では扱えていない。理由は後述する。

第二に、以下の切り分けは 残差からの逆算に大きく依存している。水蒸気量を独立に実測して確かめたものではなく、「水蒸気量をどれだけ振っても説明がつかない量の不足がある」といった議論を含むものである。


3-1. 雨量は、いつになれば予測できていたか

まず、いちばん単純な問いから。MSMは今回の雨量をどれくらい予測できていたか。

総じて、今回の事例は「予測が難しかった」と言われている。それはその通りなのだが、内訳を見ると、少し違う像が見えてくる。

まず上記のアニメーションで大まかに今回MSMの予測(13日9JSTを初期時刻とした予測を示している)と実際(レーダ観測雨量)の比較が読み取れる。MSMも千葉での雨を予測はしているものの、実際に発生した強雨はほとんど表現されていない。

次に災害の中心となった12時間、8/13 09〜21 JST (W1、ピーク19時を含む)の雨が、いつから予測できていたかを見る。

参照図:FIG 9. 同一の対象時刻に対する、初期時刻別の予測雨量。横軸がリードタイム(左ほど古い初期時刻)。

左パネル:災害の中心となった12時間(8/13 09〜21 JST)の県内最大12時間降水量を、初期時刻(リードタイム)ごとに並べたもの。

lead [h]24211815129630
MSM [mm]293229283734322635

リードタイム0、つまり当日朝9時の予報で、予測雨量は26〜37 mmの範囲にとどまり、実況266 mmに一桁届かない。 24時間前から0時間前まで、9本のランすべてが同じレンジに収まっており、当日の朝になっても予測は改善しなかった。

次に、続く12時間、8/13 21 JST〜8/14 09 JST (W2)の雨が、いつから予測できていたかを見る。

右パネル:8/13 21〜8/14 9 JSTの県内最大12時間降水量を、初期時刻(リードタイム)ごとに並べたもの。

リードタイム3時間、すなわち18時時点の予報でも、まだ十分な強さの雨を予測できていない。 この時点ではすでに1本目の線状降水帯(17:58発生)が立っており、記録的短時間大雨情報も出ている最中である。それでも予測雨量は62〜83 mmのレンジにとどまっている。

リードタイム0、すなわち21時(大雨のピークをちょうど越えたかどうかというタイミング)になって初めて、その後の強い雨(285 mm)を予測できるようになる。

まとめると、 予測は、その強雨がすでに始まっているタイミングにならないと当たらなかった。 数時間前でも、まして半日前でも、この規模の雨を予測として立ち上げることはできていない。

補足:なぜMSMを見ているのか

より細かいモデルとして、気象庁は局地モデル(LFM)を運用している。 2026年3月17日から水平解像度は1 kmが標準になっており (従来の2 km版は経過措置として並行提供中、2028年3月頃に提供終了予定)、初期時刻00・03・06・09・12・15・18・21 UTCの予測は18時間先まで、それ以外の毎正時からの予測は10時間先まで計算される。

解像度の観点では、今回のような幅16 kmの収束線を扱うにはLFMのほうが明らかに適している。 LFMで見れば様相はかなり違う可能性があり、今後解析が求められる。

それでも本稿でMSMを主に見ているのは、私たちが目指しているのが 数日先の予測だからである。予報時間が10〜18時間のLFMは、避難や事前配備の判断に必要なリードタイムを構造的に持てない。「数日前に構えられるか」を問う以上、MSMの土俵で何がどこまでできるのかを把握しておく必要がある。


3-2. なぜ21時になって初めて強雨が表現されたのか

前節で見た通り、8/13 21時(W2のリードタイム0)になって初めて、モデルはその後の強雨を予測できるようになった。 なぜ21時が境目になったのか。

系がある場合とない場合で、結果がまったく違う

21時という時刻には、ひとつ大きな意味がある。この時点で、1本目の強雨(19時ピーク)はすでに起きており、対流系が実際に解析に存在していた。21時を初期時刻とする予報は、まっさらな状態から新しい雨を予測したのではなく、すでにそこにある系を、その先へ発展させた。

この違いを、収束(水蒸気を一箇所に集める働き)の推移で見ると、はっきりする。21時初期のランについて、初期値(FT+0)とその3時間後(FT+3、14日00時)を比べると、

FT対象時刻(JST)このランの収束 [mm/h]予報の県内平均雨量 [mm/h]レーダー実況(平均)
013日21時4.698.08
+314日00時9.8811.618.03
+614日03時0.456.345.97

収束は落ちるどころか、3時間で初期時刻の2.1倍まで増えている。 雨量も実況をやや上回るところまで再現できていた。

収束は「与えられる量」ではなく「対流自身が作る量」と捉えるのが良い可能性

これは、収束というものの性質を考えると理解できる。収束は初期値からそのまま供給される固定量ではなく、積乱雲が水蒸気を凝結させて熱を放つ → 気柱が暖まって上昇が強まる → 下層に新たな収束が生まれる → さらに水蒸気が集まる、という自己増幅の連鎖(フィードバック)によって作られる。

つまり、対流という"種"さえ初期値に入っていれば、モデルは数時間でその先の収束を自分で作り出せる。

逆に言えば、種がまだ入っていない段階(09時などW1の初期値)では、この連鎖がそもそも始動しない。だから24時間前でも直前でも、予測雨量は26〜37 mmで頭打ちのままだった。

今回のモデルのバイアスの所在は、初期値の水の量よりも、「対流系をまだ持っていない段階から、それを予測として立ち上げること」ができない点が大きいと考えられる。


3-3. 不足の要因(1)水蒸気の量

では、この不足はどこから来ているのか。順に検討していく。

まず自然に考えられるのは、 モデルの持っている水蒸気が足りなかったという筋である。実際、後述するFIG 12が示すように、MSMは中層水蒸気の空間コントラストをかなり均している。

ところが、量そのものを見ると、少し様子が違う。千葉直上の可降水量(8/13 12 UTC)は次のようになっている。

可降水量 [mm]解析比
MSM解析60.01.00
予報 lead 6h58.00.97
予報 lead 24h56.00.93
予報 lead 36h55.20.92

36時間前の予報でも、解析の92%の水蒸気を持っていた。 60 mmという値自体、豪雨の目安とされる50 mmを十分に上回っている。モデルの中には、かなり湿った環境がすでに構築されていたことになる。

では、仮にもっと湿らせたらどうなるか。感度を計算してみた。

条件可降水量 [mm]解析からの増加
MSM解析(実際)60.0(基準)
700 hPaを実測(湿数1.1℃)に補正61.4+2.3%
600〜800 hPaを湿数1.1℃に61.9+3.1%
全層を湿数1.1℃に(かなり極端な仮定)62.3+3.7%
全層RH=100%(物理的な上限)67.0+11.6%

大気を物理的な上限まで湿らせても、可降水量は12%程度しか増えない。 一方、3-2で見た不足を埋めるには、供給を2倍(+100%)にする必要がある。

したがって、水蒸気量の補正は 過小バイアスの一部を埋める方向には効くと考えられるが、それだけで不足の全体を説明することは難しい、というのが現時点での見立てである。

留保:この議論は、可降水量の 独立した実測値を用いていない。GNSS-PWVもラジオゾンデの生データも今回は入手できておらず、水蒸気量のバイアスについては上の物理的上限の議論に基づく間接的なものにとどまる。

水蒸気の「分布」は、たしかに均されている

なお、ではなく分布については、モデルが実況を捉えきれていなかったことがはっきりしている。

参照図:FIG 12  700 hPa湿数の南北コントラスト。ゾンデ実測とMSM解析・予報の比較。

専門天気図(AUPQ78)の読図値では、館野(つくば)の700 hPa湿数が1.1℃(ほぼ飽和)、八丈島が17.0℃(顕著に乾燥)で、この15.9℃の差がわずか328 kmで切り替わっていた。MSMの解析は、この差を3.4℃、つまり実測の 21% までしか表現していない。予報にするとさらに小さくなる。

ただし後述するように、この「分布が均されていること」が雨量不足の直接の原因かというと、そこは本解析では示せていない。モデルがメソスケールの境界構造を解像できていないことの症状として理解しておくのが、現時点では妥当だと考えている。


3-4. 不足の要因(2)収束の強さ

次に、水蒸気を一箇所に集める側、すなわち収束を見る。ただし前節とは問いが違う。前節(3-2)で見たのは「21時に対流の種が入った"このラン"が、その先どう発展したか」だった。ここで見るのは「13日21時という一つの検証時刻の収束を、何時間前の初期値から予測できていたか」である。同じ収束という量でも、見ている軸が逆であることに注意されたい。

千葉県域で鉛直積分した水蒸気フラックス収束 −∇·(qV) を、質量収束項(−q∇·V、風が集まることによる寄与)と移流項(−V·∇q、湿りの勾配を横切る寄与)に分解した。

質量収束項 −q∇·V移流項 −V·∇q合計解析比
MSM解析4.82−0.134.691.00
予報 lead 6h1.34−0.051.290.27
予報 lead 12h1.07−0.340.730.16
予報 lead 24h0.86−0.360.500.11
予報 lead 36h0.39−0.47−0.08−0.02(発散)

単位はmm/h。この表は「13日21時という結果を、何時間前から予測できていたか」を見たものであり、リードタイムが延びる(=より早い段階の初期値になる)ほど、収束は解析の8〜28%まで落ち、36時間ではついに符号が反転する。

そして、欠けているぶんのほとんどが 質量収束項、つまり風が集まる構造の側である。移流項は解析でも−0.13 mm/hと小さく、量的な寄与は限定的だった。

これは第2部で見た構造と整合する。今回の雨をつくったのは、ガストフロントと東寄りの暖湿流が押し合う 幅16 kmの収束線 だった。MSMの気圧面データは約10 kmメッシュ・3時間間隔である。 幅16 kmの構造を10 kmメッシュで表現するのは原理的に無理がある (最低でも4〜6格子、40〜60 km相当が必要)。ここで示す収束の値はいずれも下限とみるべきで、モデル内部の実際の状態はこれより強い可能性がある。


3-5. 不足の要因(3)収束帯の位置

強さと並んで、位置のずれも効いている。

参照図:FIG F(FIGF_convergence_line.png、再掲) MSMの地上風から抽出した収束線。

第2部でも触れたが、MSMの収束帯の重心は6時刻を通して34.9〜35.6°N / 140.5〜140.7°Eにあり、千葉市(35.60°N, 140.11°E)より30〜60 km南東に位置している。さらに、探索範囲を千葉県周辺に限定しないと、MSMで最も強い地上収束は房総半島の南東沖に現れる。

個人的には、この点は最初に専門天気図を見たときから引っかかっていた部分である。 専門天気図(FXFE5782、8/12 21時JST初期・24時間後予想=8/13 21時JST)を見ると、千葉付近に700 hPaの上昇流はたしかに予想されていた。ただし場所がやや東〜南東寄りで、強さも-11 hPa/h程度と、この規模の大雨をもたらすには弱いという違和感があった。MSMを解析してみて、その違和感がデータとして確認できた形になる。

位置が数十km南東にずれると、収束線は陸上ではなく海上に置かれる。降水の極大も沖合に出る。仮に強度が正しく出ていたとしても、 千葉市街地の内水氾濫という結果にはつながらない。

fxfe5782 202608121200utc 700hpa edited

3-6. 3層構造として整理する

以上を整理すると、単純な一本の流れ(解析が弱い→予報でさらに弱まる→位置もずれる)としては書けないことが分かった。 正しくは、"対流の種がまだない段階"と"種がすでにある段階"とで、まったく違う振る舞いをする、という形になる。

【対流の種がまだない段階】(W1:09時など、災害の12時間前まで)

  収束を計算で立ち上げることができない

        ↓ 背景:幅16 kmの収束線に対し、L-pallは約10 kmメッシュ・3時間間隔で

           原理的に解像できない

  予測雨量は26〜37 mmで頭打ち(実況266 mm)

【対流の種がすでにある段階】(W2:21時初期)

  種があれば、収束は自己増幅する(FT+3で解析の2.1倍)

        ↓

  雨量も実況相応まで再現できる(ただし同時刻の収束帯の位置は30〜60 km南東にずれている)

水蒸気の は、種の有無によらず、36時間前の予報でも解析の92%が入っており、物理的な上限まで湿らせても+12%程度である。「水はおおむね持っていた。それを集めて対流という"種"をもたらすことが、まだ存在しない段階から予測として立ち上げることができなかった」というのが、現時点での私たちの理解である。加えて、収束帯の位置のズレも千葉における降雨の過小評価の要因になっていたと考える。

この整理の限界

繰り返しになるが、この切り分けには次の限界がある。読み取る際には併せて考慮していただきたい。

  • 独立した水蒸気の実測がない。 GNSS-PWVもゾンデ生データも入手できていない。「量は妥当だった」は物理的上限の議論からの間接的な推定である。
  • 収束不足は残差からの逆算である。 直接測ったものではない。
  • 収束の値はL-pall由来で、解像度上は下限にとどまる。 モデル本体(5 kmメッシュ)の内部状態はより細かい可能性がある。
  • 見ているのはMSMのみである。 LFMでは解像度が異なるため、この3層構造がそのまま成り立つとは限らない。

なお、要素別の予報スキルを見ると、総観規模(128〜148°E / 27〜43°N)では500 hPa高度・気温がリードタイム36時間でも相関0.97以上を保っており、「上層のトラフと寒気の接近」は前日から確実に当たっていた。関東域(138〜142°E / 34〜37°N)まで絞ると同じ量の相関が落ちる。 大きな場は当たっていて、メソスケールの配置で外している。

参照図:FIG 10(FIG10_skill_by_element.png) 要素別・領域別の予報スキル。総観規模と関東域を並べたもの。


3-7. では、どこに注力するとよさそうか

以上を踏まえて、現時点で私たちが考えていることを記しておく。 確定的な処方箋ではなく、検討の途中経過である。

まず前提として、今回の解析はMSMをベースとしており、本来であればLFMでの解析との突合が求められる。局地モデル幅16 kmの収束線に対して、2 km(あるいは2026年3月から提供が始まった1 km)メッシュであれば、解像度の観点ではよりよく表現されるはずである。

ただし前述の通り、LFMの予報時間は10〜18時間である。私たちが目指している数日先の予測という目的には、LFM単独では届かない。 「LFMで解ける」ことと「数日前に構えられる」ことは別の問題であり、両方を追う必要がある。

観測と同化

技術的には、観測を増やし、それを取り込む同化の側を工夫することで性能を上げられる可能性がある。

水蒸気の観測(GNSS-PWV等)は、今回の検討では量的な不足を埋めるうえで部分的になるという結果になった。ただし、水蒸気の空間コントラストを捉えることは、境界構造の解像に間接的に効く可能性がある。

それに加えて、 風の観測 が重要になりそうである。ドップラーレーダーの動径風、ウィンドプロファイラ、地上の稠密風観測など。3-2節で見た通り、対流の種さえ解析に入れば、収束はモデルの中で自己増幅する。 つまり鍵になるのは、種がまだない段階での、下層の風の収束(ガストフロントや東風の押し合いのような、対流の引き金そのもの)を捉えることである。 潜熱フィードバックが働き出す前の"最初の一押し"を観測でどこまで捉えられるかが、対流を予測として立ち上げられるかどうかを左右すると考えられる。

これまでの線状降水帯予測精度向上ワーキンググループの資料を見る限り、課題の1番手は特に海上の水蒸気の流入を捉えることだと考えている。そのうえで今回の例では風の観測の重要性も認識される所と考える。

同化の強化は、種そのものをどれだけ正確に初期値へ取り込めるかという観点で、モデル改良と並行して必要になる。.

AIの貢献余地

「AIを使えばすべて解決する」「AIなら完璧に予測できる」という言い方をされることがあるが、それは違うと考えている。

現在の気象AIの多くは、物理モデルによるシミュレーション結果、すなわち再解析データを学習データとして使っている。今回の事例で言えば、これは示唆的である。というのも、 予報以前に、再解析(解析、t=0)の時点ですでに収束帯の位置や強さにずれが見られたからである。そのデータを教師データとして学習したAIが、同じ事例に対して精度良く予測できるようになるとは、にわかには思いづらい。AIは学習データの質を超えられない、という原則的な限界がここにある。

一方で、結果論としてではあるが、今回のような強雨のデータそのものは存在しており、それをもたらしたメカニズムの理解もある程度進んだ。再解析ではなく、レーダーやアメダスといった独立した実況データを教師データに据え、かつ今回明らかになったようなメカニズム(幅十数kmの収束線、その形成要因)を踏まえてモデルのアーキテクチャや入力データを工夫すれば、AIが予測精度の向上に寄与する可能性は十分にあると考えている。

運用面で、今日からできること

当方としては、気象庁のモデルを土台にしながら、それだけで届かない今回のようなイベントに対するラストワンマイルで貢献できる視点がないかということを常に考えている。今回、19:30の時点で大雨特別警報が発令されたが、それ以前に専門知見を活かして危険の兆候を捉えられなかったと考えると、以下の2点があるように思う。

アメダスの風向・気温・気圧の同時急変 千葉のアメダスでは18:10 JSTに、風向の急変(北北東→北西)・風速の増大(7.9 m/s)・気温の低下・気圧の上昇・10分雨量の急増が同時に起きた。これは収束線の通過そのものである。レーダーより早く、数値予報よりはるかに早く境界の位置を教えている。

予報と実況の乖離の最新を捉える  これは当方が実際に行っていることだが、モデルによる数値予報に基づく専門予測天気図は1日2回(9am/9pm)配信されているが、最新の状況はむしろ直近のレーダーアメダスや衛星画像等から捉えるほうが、むしろ新鮮な予測ができることがある。今回の事例では、予報26〜37 mm(12時間雨量)に対して実況1時間雨量が100 mm/hを超えている。この時点でそもそもモデルが前提としている風況場等にバイアスがあることが検知され、その後の予測に対して示唆を得られた可能性がある。


3-8. おわりに

今回の解析でここまで言えたと考えているのは、次の点である。

  • MSMは今回の雨量を、リードタイムによらず7〜10倍過小に予測した
  • それは予報だけの問題ではなく、雨量ピークを迎えつつある8/13 18:00時点での初期時刻(t=0)の解析雨量でも同様に過小評価が見られた
    • 一方、対流の種がすでに解析に入った段階(21時以降)では、モデルは収束を自己増幅させ、強度も含めてかなり再現できていたこともわかった
  • 水蒸気の量は、モデルの中にある程度入っていたと見られる
  • 不足の主因は、水蒸気を一箇所に集める収束の強さ(・それに伴う対流の種の生成)と、その位置にあった可能性が高い
  • 背景には、幅16 kmの収束線に対する解像度の限界がある

いずれも初期的な解析であり、独立した観測による裏づけが取れていない部分が残っている。

今後は、LFMなどより高解像度のモデルで同じ事例を見直すこと、そして実際にAIを当てたときに何がどこまで変わるのかを調べていきたいと考えている。進展があれば、また共有したい。

もし少しでもご関心頂ける点がございましたら、お気軽にお問い合わせください。

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